進化論の倒壊
 

  2013年 金子治男

色鉛筆画 42cm×30cm

進化論の倒壊それは間もなく全世界に訪れるであろう。いやそれは既に全世界に広まっているのである。なぜならば進化論が誤りであるという科学的証拠が十分に存在するからである。あなたが正しい科学の事実を知りたいなら 次に上げる事柄を考察して頂きたい。「進化論者によって考案された進化の系統樹それは正しい科学という鋸と真理の斧によって切り倒される。さらに真理の光に照らされるならそれが誤りである事が明らかになる。進化の系統樹それは底知れぬ深みという谷の中へと落ち込むのである。」
     
猿人は存在しましたか - 事実は進化論を否定する


ジャワ原人

又の名は直立猿人又はピテカントロプスエレクトスと言いますが猿と人間との中間の動物だとされています。これはジャワ島においてデュボアという人が発見した6つの化石片を組み合わせたものです。それはテナガザルのものと思われる頭蓋骨の上部と右の大たい骨、及び歯三本です。それら五片は50フィート(約15m)離れた所から発見されました。その後彼は第6の断片を加えました。つまり島の別の場所ではあるが地質学的に同時代の地層から発見された下顎骨の一部です。しかしライデンにおける第三回国際動物学会の席上パーチョー教授は次のような反証を提出しました。「頭蓋骨片はチンパンジー乃至は手長猿のものであるが腿骨は人間のものであって発見された時の状況から判断すれば、これは異なった動物から出て来たものである。」又、生物学者F・マーシュ教授も次のように言いました。「証拠を不正に歪曲している例はデュボアの場合にもある。彼はジャワ原人の化石を発見したというかの世を騒がす報告をしたが明らかに現生人類のものと思われる骨を同じ時に同じ堆積物の中から発見していた事を何年も後になって認めた」


北京原人

又の名はシナントロプスペキネンシスと言いますがH・Mモリスは聖書と現代科学という本の中で次のように言いました。「北京原人は突然変異や隔離などのためにホモ・サピエンスから退化した種族であると見る者がいるが、その説の方がはるかに合理的であり、それを反証する実際の証拠もない」又、北京原人物語という本の93頁には、次のように書かれている.「シナントロプスについて、デーヴイッドソン・ブラックが抱いた考えは、龍骨山で発見された最初のヒト科化石を目にしたとたんに形つくられはじめた。龍骨山のヒト科動物の姿に関して、ブラックが最初に抱いた観念は、ピルトダウン人式に現生人類の頭蓋と類人猿の顎を組み合わせてみることだった. 又、北京原人は脳の大きさは現代人とあまり変わらないとも言われているが、現生人類の四分の三ほどしかなかったという説もある。例えそうであったとしても、その事自体は進化途上の証拠とは言えない。19世紀のフランスの文筆家アナトール・フランスは脳がたいへん小さかった。重さ1040グラム、体積は約1040立法センチで、ホモ・エレクトスの脳容量の分布の中央ほどと考えられる。それでも言葉を用いるのに支障はなかった。彼は1921年にノーベル文学賞を受賞しているのである。現代でも小頭民族は存在するが、頭の大きい民族より知能的に劣っている訳ではない。従って北京原人の脳容積が小さいからと言って、現代人より知能が劣っている証拠とは言えないのである。鯨や象の脳の容積は、現代人の脳の容積よりもはるかに大きいが、人間よりも知能が勝っている訳ではない。その故に北京原人が現代人より猿的であったという根拠はなにもないのである。それにもかかわらず、1959年9月7日のニューヨークタイムズ紙は次のように伝えました。「北京原人は原人生活に関する中国の記録映画で主役を演じるため目鼻だちを作り直した。この先史時代人の首は作り変えられ実物にいっそう近いと考えられるようになった。」「北京原人の化石標本は、第二次世界大戦中 行方不明となり、現在科学者はそれを調べる事が出来ない。」


クロマニョン人

H・Mモリス著 聖書と現代科学という本の53頁には次のように述べられています。「クロマニョン人はからだの大きさにおいても脳の大きさにおいても現生人類を上まわっていた事が知られている。」ルーシーという本の29頁には次のように書かれています。「クロマニョン人は今日のものとほとんど見分けがつかないために最も懐疑心の強い人々でさえ彼らが人間である事を認めざるを得なかった。」


ネアンデルタール人

ワールドブック百科事典1966年版第15巻672頁には次のように書かれています。「科学者は初め、ネアンデルタール人は前かがみで、ねこ背で、どう猛で幾分か類人猿的な生物であると考えていた。しかしその後の研究によるとネアンデルタール人の男女のからだは十分に直立しており筋肉も非常に発達して完全な人間のからだであった。彼らの脳は現代人と同じほどの大きさを備えていた」。日本の進化論の最高権威者 今西錦司氏は人類の誕生という本の中で53頁に次のように書きました。「ネアンデルタール人の脳の大きさは現代人のものよりも大きいが脳の大きさだけからみると、かれらのほうがわたしたちよりも高等であるということになってしまう。これも気に入らない話である。」


ラマピテクス

これは上下のあごの断片および幾本かの歯だけによって二本足で直立する猿に似た生き物が造り出された物です。その点についてナチュラル・ヒストリー誌1979年8、9月号86頁には次のように述べられています。「一体どのようにしてラマピテクスは ただ歯とあごだけから復元され、骨盤も、四肢の骨も頭がい骨も知られていなかったのに人間へと向かうこの行進行列の中に忍び込んだのだろうか」。ニューサイエンティスト誌1982年6月24日号873頁には次のように述べられています。「ラマピテクスは人間の系統の最初の成員であったはずはない」。


アウストラロピテクス

又はオーストラロピテクスと言います。これは類人猿に似た小さな頭がいと重いあご骨を持っており二本で歩き前かがみで毛深く猿のような容ぼうをもつものとして描かれました。その点について解剖学者ズーカマンは次のように書きました。「人間や類人猿の頭がい骨と比べてみるとアウストラロピテクスの頭がい骨は圧倒的に類人猿的であり人間に似ているようには見えない」彼はさらにこう述べました。「我々の発見はアウストラロピテクスがホモサピエンスにでなく現生の猿や類人猿に似ているという点で疑いを残さない」。ドナルド・ジョハンソンもルーシーという本の38頁で「アウストラロピテクスは人間ではなかった」と言いました。


ピルトダウン人

これについて国民百科事典(平凡社)第六巻387頁には、次のように書かれています。「英国のサセックスのピルトダウンから1912年人類の頭がいが発見され地層が古く、下がく骨はサル的なのに、頭部が現代人に似ているので注目され、あけぼの人と命名された。人類進化史上で特殊の位置を占めるものとして、学者を悩ませたが、1953年についにこの化石は発見者ドーソンがでっちあげた にせものである事が明らかにされた。」上記の事柄から見て進化論には科学的証拠は一つも無いという事が分るであろう。一方宇宙や、生物や、人間が、神によって創造されたという科学的な証拠は十分に存在するのである。その証拠について知りたいと思われる方は私に御連絡下さればその事を示す資料を無料でさし上げます。進化論の誤りを知り神によって人間が創造されたという事実を知る事は、人間が存在する事の目的を知り、真の幸福と世界平和を築く為に絶対に必要な事なのである。